大阪府

天神橋筋界隈(大阪市北区)

天神橋筋は大阪天満宮の西側を南北に通り、大川(旧淀川)の天神橋へ至る目抜き通りの一つ。しかしその西側に並行する天神橋筋商店街が有名で、もともとこの狭い道の方が天神橋筋だったという。天神橋筋商店街は天神橋1丁目から6丁目まで長さが2.6キロメートルもある「日本一長い商店街」として知られ、賑わっている。その周辺も含めたスケッチをまとめた。

   
  「天満天神繁昌亭」(大阪市北区天神橋筋2丁目)2018.03.31     F6  
  この日、悠彩会スケッチ会が大阪天満宮界隈を会場に開かれた。気持ちの良い晴天で、桜も満開。気分が浮き浮きするするスケッチ日和である。1枚目には天満宮に隣接して建てられた「天満天神繁昌亭」に焦点を当てた。繁昌亭は上方落語専門の定席として、2006年に開館した。まだ中に入ったことがなく、スケッチも良いけど落語も聴きたいと思った。  
 
 
   
  「大阪天満宮・表大門」(大阪市北区天神橋2丁目2018.03.31     F6  
  悠彩会スケッチ会での2枚目。大阪天満宮の境内に入るとあちこちで仲間がスケッチブックを広げている。ちょっとずつ覗き込みながら境内を通り抜け、振り返って表大門付近を描くことにした。大阪を代表する神社の門前は生活感が漂っている。私の背後ではIさんが描いておられた。  
 
 
   
   天満市場(大阪市北区池田町)16.02.26      F6  
  昨年12月に天満市場付近で下の絵を描いたとき、もう少し古い市場らしい雰囲気の場所はないかと思っていた。この日JR天満駅近くの店に額を買いに行ったついでに周辺を歩いてみた。天満市場の店舗が入居している「ぷららてんま」ビルの北側に回ると、以前の天満市場らしい雰囲気が漂う風景があった。何よりも大きく「天満市場」と手書きした看板がかかっていて、分かりやすい。左手前の店のテントには「洋食堂JiRo」とあるが、店名は「ごめんねジロー」といい、安さで有名な人気店らしい。奥村チヨの「ごめんねジロー」がヒットしたのは1965年(昭和40年)のこと。店主の年齢がおおよそ想像できる懐かしさである。  
 
 
「天満市場」付近(大阪市北区池田町)2015.12.14    F6
この日は展覧会訪問のついでに天神橋筋商店街付近でスケッチすることにし、まずJR天満駅の北側にある「天満市場」付近へ行ってみた。「天満市場」は江戸時代以前からの古い歴史があり、”食い倒れ大阪”を代表する市場。正式には「大阪天満卸売市場」というらしいが、一般客も買い物ができ、とにかく値段の安さで知られる。何となく絵になりそうと思ってスケッチポイントを探したが、市場本体は「ぷららてんま」というビルになっており、周辺の路地は道幅がとても狭くスケッチなどできない。探せばもっと絵になる場所があったかもしれないが、とりあえず「ぷららてんま」の前に座り、それらしい雰囲気を描いた。

「大阪天満宮」あたり(大阪市北区天神橋2丁目)2015.12.14    F6
天満市場付近で描いた後、天神橋筋商店街のどこかで描きたいと思ったが、その気になる場所が見当たらず、「大阪天満宮」へ来てしまった。大阪天満宮は大阪を代表する神社だがまだ描いたことがないので「いっそのこと神社でも描くか」と思った。本殿の前では業者も入って盛んに正月準備をしている。邪魔になってもいけないので境内を通り抜け、表門がチラッと見える南側の道路から描いてみた。塀の中の天満宮会館が土蔵のように見える。「これなら神社の絵というより町並みの絵」と勝手な解釈。

老松町通(大阪市北区西天満3丁目)2015.12.14    F6
大阪天満宮あたりで描いた後、T先生の個展が開かれている西天満のマサゴ画廊へ向かった。途中でよいポイントがあればもう1枚と思っていたが、西天満3丁目の老松町通に古い町屋が並ぶ一画があった。壁に「寶玉堂」という文字が読めるが、何の商売をやっておられたのだろうか。西天満を東西に横切る老松町通はかつて天満宮の参詣道としても栄え、古美術商が並んでいる。この辺りは戦災を免れたため、かつては古い町屋もたくさん残っていた。老松町通まで天神橋筋のページに収めるのはどうかとも思うが、同じ日に描いたので・・・。

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