奈良県

新庄(葛城市=旧新庄町)

04年12月、新庄町と当麻町が合併し葛城市が誕生した。旧新庄町の新庄は古代・葛城の県の中心地だったそうで、当初は城下町(陣屋町)としてスタートしたが、江戸時代以降は在郷町として発展した。古い陣屋町の町割りをそのまま残すとされる市内中心部には近くの大和高田市や御所市の中心部に劣らない古い町並みがあった。

南道穂A(葛城市)10.03.03       36×51cm
「村井家住宅」は以前スケッチしたことがある(下の絵)が、その絵が気に入らず、チャンスがあれば描き直したいと思っていた。田んぼの畦からスケッチしていると、村井家の裏手にある新庄小学校の校庭で遊ぶ子供たちの歓声が聞こえる。鉛筆スケッチを終わった段階で、絵が少しさみしかったので、下校時間にはちょっと早かったが、子供たちに無理やり下校してもらった。帰宅後、所在地を再確認したら南道穂と書いて「みなみみつぼ」と読む難読地名だった。この家の遠縁に当たるOさんによると、江戸時代には「三坪村」と呼ばれていたそうで、その後、「ミツほ村」⇒「ミチホ」⇒「みつぼ」となったという。

新庄B(葛城市)10.03.03   F6
新庄地区でもう1枚と思い、かなりうろついたが、結局、以前描いた場所(新庄A)と同じ場所を選んでしまった。せめてと思い、反対側から描いた。

新庄@(葛城市)05.10.13 36×51cm
葛城市役所に車を止めさせてもらい、東へ歩くと旧来の狭い道筋に沿って古い民家が軒を連ねていた。なかでも医院を営んでおられる大和棟造のお宅がひときわ目を引く。「2階には昔往診に使った駕篭が残してありますよ」と町の人が教えてくれた。

新庄A(葛城市)05.10.13 36×51cm
新庄の町の中心部は道路が碁盤の目状になっており、2枚目は南北に通る旧街道らしい道で描いた。夕方の下校時になり、ランドセル姿の小学生が次々に通っていくので、画面にちょこっと描き込んでおいた。古い町では子供の姿を見ることがない場合もある。

南道穂@(葛城市)05.10.20     36×51cm



上の絵を描いているとき「近くに絵になる茅葺きの民家があるよ」と教えてもらった。気持ちの良い秋晴れなので、秋らしい風景をと思って、再び新庄へ。調べてみるとこのお宅は「村井家住宅」といい、元禄時代の建築で、茅葺きの表門、大和棟造りの主屋、それに土蔵の3棟が重要文化財に指定されている。長ーい表門の屋根と主屋の真っ白い妻壁がとても印象的だった。

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