奈良県

柳生の里B(奈良市柳生町)

「剣豪の里」とも呼ばれる柳生には、これまで大柳生、阪原で何回かスケッチしているが、陣屋跡や家老屋敷跡などがあるいわば柳生の中心部では描いたことがなかった。10年9月度の悠彩会スケッチ会が柳生で開かれた。

柳生@(奈良市柳生町)10.09.05     F6
スケッチ会にはマイカーで参加したので集合時間より早目に現地に到着した。あちらこちらと日影を探した結果、町の中心部を見下ろす涼しいポイントを見つけ、スケッチしながら、バスでやってくる仲間の到着を待った。暑い日が続くが、田んぼにはしっかりと秋が来ていた。

柳生A(奈良市柳生町)10.09.05     36×51cm
悠彩会メンバーの乗ったバスが到着するのが見えたので、幹事さんに「涼しい場所がありますよ」と電話した。皆さんがぞろぞろやってきたが、そこから見える景色が気に入ったのはひまつぶしさんだけのようだった。柳生の案内マップには「十兵衛杉」というのが載っている。真偽のほどは知らないが柳生十兵衛が植えたものだという。この杉は1973年に2度の落雷に遭い立枯れてしまったのだが、今でも白い骨のような姿で山の中に残っている。せっかくだから絵の隅に白骨化した杉を描き込んでおいた。

柳生B(奈良市柳生町)10.09.05     F6
柳生がかつて柳生一族の本拠地だった証拠に「家老屋敷跡」というのがあるが、その隣に家老職だった小山田家の分家の建物というのがあった。分家といっても、いかにも立派な構えである。午後は柳生らしい風景をと思い、この建物を描くことにした。ところが、スケッチを始めた途端に雷鳴がとどろき始め、やがて大粒の雨が・・・。

旧柳生藩家老屋敷(奈良市柳生町)10.09.05     F6
家老屋敷は同藩の家老だった小山田家の邸宅で、昭和39年に作家・山岡荘八氏の所有となったが、その後、奈良市に寄贈され、昭和56年から資料館として公開されている。屋敷も立派らしいが、尾張石工が築いたという石垣があまりにも立派なので、そちらに焦点を当てた。なぜか入り口の道端に郵便ポストがあった。

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